前回(第1回)では、ドローン安全運航を支える4つのフレームワークのうち、飛行ごとのリスクを評価する「SORA」と、組織として安全を管理し続ける「SMS」を解説しました。
第2回では、残る2つ、「CRM」と「TEM」を取り上げます。SORAとSMSが「仕組みと評価」の枠組みだとすれば、CRMとTEMは「人の力」で安全を支える枠組みになります。
CRM :「チームの連携力」で事故の連鎖を断つ
CRM(Crew Resource Management)は、1981年にユナイテッド航空が導入したのが始まりとされる、チームワークを活用したリスク管理手法です。操縦士だけでなく、運航に関わるすべてのクルーが持つ知識・情報・判断力を最大限に活用して、安全の余裕(Safety Margin)を確保することを目的としています。
有人航空では、1977年のテネリフェ空港ジャンボ機衝突事故(死者583名)を契機に、ヒューマンファクターの重要性が強く認識されはじめました。この事故は、機長の判断に副操縦士が異を唱えられなかったことが一因とされています。以降、CRM訓練が世界中の航空会社に広がっていきました。
ドローン運航においても、CRMの考え方は直接適用できます。むしろ、操縦者が機体に搭乗していない遠隔操作だからこそ、チーム内の情報共有や指示系統の明確化がより重要になります。EASAやUK CAAは、Specificカテゴリーの運航認可においてCRM訓練の実施を求める方向に動いており、SORAのOSOにもCRMに関連する項目が複数含まれています。
CRMが扱う主なスキル領域は以下のとおりです。
状況認識(Situational Awareness):
運航環境の変化をチーム全体で把握し続ける力。遠隔操作では、機体の物理的な振動や風圧を体感できない。テレメトリデータの読み取りと共有が、有人機におけるパイロットの体感覚に代わる情報源になる。
コミュニケーション:
指示・報告・確認の手順を標準化し、曖昧さを排除する。たとえば、「離陸します」とだけ言うのではなく、「離陸します、高度30mまで上昇、風速確認お願いします」と具体的に伝え、復唱を受ける。この一手間が、認識のズレを飛行前に潰す。
意思決定(Decision Making):
Go/No-Goの判断基準をチームで事前に合意しておく。「風速○m/s以上なら中止」「バッテリー残量○%で帰還開始」など、数値で定めた基準があれば、現場での迷いが減り、判断のブレがなくなる。
ワークロード管理:
テレメトリ監視、映像確認、空域監視、通信対応といった複数タスクを、チーム内でどう配分するかを設計する。1人にタスクが集中すれば、見落としが発生する。誰が何を担当するかを事前に明確にすることがCRMの基本だ。
CRMは「個人の操縦技量」ではなく「チームの総合力」で安全を確保する考え方であり、ノンテクニカルスキルの中核を成します。
TEM : CRMを現場で「使える」状態にする実践手法
TEM(Threat and Error Management:脅威とエラーの管理)は、1994年にテキサス大学ヒューマンファクター研究プロジェクトが開発した概念モデルです。ICAOはTEMを航空安全における包括的な安全概念として位置づけ、パイロット訓練手順にも組み込んでいます。
TEMは、CRMの中から生まれ、CRMを現場で実践するための具体的な思考フレームワークとして発展してきました。CRMが「チームで安全を確保しよう」という考え方だとすれば、TEMは「では具体的に何を見て、何に備え、何が起きたらどう対処するのか」を3つの要素で整理した実行手順です。
① 脅威(Threat)
運航チームの影響の及ばない範囲で発生し、運航の複雑性を高める事象。突風、空域の混雑、機体の不具合、通信障害などが該当する。
脅威は3種類に分かれる。事前に予測できるもの(天候悪化の予報、近隣工事による電波障害の可能性)。突発的に発生するもの(急な風向き変化、想定外の有人機の接近)。そして潜在的なもの(組織の訓練不足、クルーの疲労蓄積、手順書の曖昧な記述)。
潜在的な脅威は、飛行中には直接見えない。だからこそ、日常のSMS運用の中で洗い出しておく必要がある。
② エラー(Error)
クルーの行動または不作為によって生じる、意図や手順からの逸脱。高度設定の入力ミス、チェックリストの項目の飛ばし、コールアウトの省略などが具体例だ。
エラーは脅威に誘発されることもあれば、脅威とは無関係に自然発生することもある。たとえば、強風(脅威)への対処に集中するあまり、バッテリー残量の確認を怠る(エラー)といった連鎖は、ドローン運航の現場で実際に起こり得る場面だ。
③ 望ましくない状態(Undesired State)
脅威やエラーが適切に管理されなかった結果、安全の余裕が縮小した状態。ドローンで言えば、予定ルートからの逸脱、バッテリー残量の想定以上の減少、運航エリアへの第三者の接近などがこれにあたる。
望ましくない状態は、事故やインシデントに至る「最後の段階」とされ、ここで食い止められるかどうかが安全運航の分岐点になる。
TEMの核心
TEMの最も重要なポイントは、「人間はミスをするし、予期しない事態も起きる」という前提に立っていることです。エラーをゼロにしようとするのではなく、エラーが事故に発展する前に検知し、管理する。この発想が、現場のプレッシャーの中で実際に機能することになります。
CRMで培ったコミュニケーション力や状況認識力は、TEMの脅威検知やエラー対処において「武器」として機能します。CRMがスキルの土台であり、TEMはそのスキルを使って脅威とエラーに立ち向かう実践の手順ということです。
CRMとTEMの関係を現場で考える
CRMとTEMの関係を、ドローン運航の具体的な場面で整理してみます。
飛行前のブリーフィングで、操縦者と補助者が当日の気象条件、空域の状況、機体のコンディションを共有します。これはCRMのコミュニケーションと状況認識の実践です。このあたりは既に皆さまも実践されているかと思います。
そのブリーフィングの中で、「午後から南風が強まる予報が出ている。これは脅威として認識し、風速○m/sを超えたら飛行を中止する」と合意します。これがTEMの脅威管理です。
飛行中、補助者が「風速が上がってきています、現在○m/s」と報告したとします。操縦者が「了解、あと2分で撮影完了、それまでに○m/sを超えたら即帰還」と応答します。これはCRMスキルを使ったTEMの実行そのものになります。
このように、CRMとTEMは別個の概念ではなく、CRMというスキルの上にTEMという思考フレームワークが乗ることで、現場の安全行動として具体化されるわけです。
次回予告
最終回となる第3回では、SORA・SMS・CRM・TEMの4つがどのように連動して安全運航を支えるのか、その全体像を整理していきます。比較表も掲載するので、社内の研修資料や安全教育のベースとしても活用いただけるはずです。
▶ 【第1回】SORAとSMS ― リスク評価と安全管理の仕組みを理解する
▶ 【第3回】4つのフレームワークはどう連動するのか ― ドローン事業者が今取るべきアクション(近日公開)

戸出 智祐(代表取締役 / ドローン安全管理コンサルタント)
ノンテクニカルスキル講習(CRM、チームビルディング、 日本初のドローン応急手当講習)を提供。米国FAAのSMS義務化に先行したノウハウで、 1,000時間超の運航経験(失敗含む)からSMSを構築。 2023年より3年連続で安全報告書を自主公開している、日本唯一の現場安全管理・リスクマネジメント実践者です。 このブログでは、教科書に載っていない 現場の実践知と失敗から学んだ教訓を共有します。
▶ 講習・コンサルのお問い合わせ https://daiyaservice.com/contact