ドローンの運航が増えるほど、事故ゼロを前提にはできません。現実に起きるのは、墜落だけではない。プロペラによる負傷、バッテリー起因の火傷、転倒や熱中症。現場では普通に起きます。
それでも日本のドローン産業界は、応急手当を 個人スキル として扱いがちです。気持ちは分かります。でも、いい加減気づいて欲しい。目を背けないで欲しい。これは善意の話ではありません。運航能力の話です。
しかも日本は、救急車を呼べば終わりではありません。
国交省は「事故等の報告及び負傷者救護義務」を明確に示し、救護など必要な措置を講じない場合の罰則まで求めています。報告要領ではさらに踏み込み、救急車等の到着までの止血など、可能な応急救護処置まで具体例として記載されています。
つまり、日本でも最初の10分は「できればやるではなく、最初から運航の中に入れておくべき」領域です。
本日は海外のドローン運航と応急手当に関するまとめをご紹介します。海外の動きで重要なのは、啓発だけではないことです。運航者が提出し、運用し、監査される側の文書に、応急対応が入ってきています。以下、いくつか事例をご紹介いたします。
事例1 欧州EASAのガイダンスは
医療手段として応急手当キットを明記
EASAは、欧州の航空安全当局です(European Union Aviation Safety Agency)。有人機だけでなく無人航空機も対象に、安全ルールと運用の指針を出しています。そのEASAが公開している Easy Access Rulesは、規則集の読みやすいまとめ版みたいなものです。規則本文に加えて、運用の考え方や実務ガイダンスがセットで載っている版があり、運航者が実装イメージを掴むのに使われています。
そしてここに書かれているのは、単なる装備推奨ではありません。ERP(緊急対応計画)の中で、緊急対応手段として医療手段を扱い、その例として「応急手当キット」を挙げています。
つまり、応急手当キットは持っても持たなくてもよいという話ではなく、緊急対応の設計要素として位置付けられています。これは言い換えるなら、現場装備の話ではなく運航管理の話と捉えてもおかしくありません。
文献メモ
- 文献名
EASA Easy Access Rules for Unmanned Aircraft Systems Online - 種別
当局ガイダンス。規則とAMC/GMを含む公開版 - 該当箇所
Emergency response plan 付近
事例2 欧州の運航マニュアル例は
応急手当キットをフライト装備として明記
次は理念や方針ではなく、現場で使う運航マニュアルの例です。運航マニュアル例の中で、フライト装備として応急手当キットが出てきます。しかも規格に触れている版もあります。
さらに、ERPのテンプレや手順例には、負傷者対応としてのファーストエイド、出血対応に関連する行動まで登場します。運航手順の文章にまで落とし込んでいます。これは大きなことです。
日本のドローン産業界でよくある誤解は、応急手当は救急隊が来てからの話、というものです。でもこの運航マニュアル例は、救急隊が来る前の空白を前提に書かれています。
文献メモ
- 文献名
EASA Operations manual example for UAS operations in SAIL II - 掲載元
キプロスの当局サイトで公開されているテンプレートPDF - 種別
運航マニュアルの参考例。現場文書のサンプル - 該当箇所
Emergency equipment、Flight equipment、ERPのチェックリスト、事故時の手順例
事例3 スイスFOCAは
first aid kit を装備として書き、止血を行動として文書化
スイスFOCAのERPガイダンスは、さらに踏み込んでいます。FOCAはスイスの航空当局です(Federal Office of Civil Aviation)。UAS向けのガイダンスも公開しています。なんと、装備と行動の両方が出てきます。
まず装備。緊急装備の中にドローン応急手当キットが入る。
次に行動。手順例の中に、出血への対応を示す文言が出てきます。
ここで強調したいのは、応急手当がただのスローガンになっていないことです。何を持ち、何をするかの粒度で文章になっている。日本のドローン産業界に必要なのは、まさにこの粒度だと思っています。応急手当の必要性を叫ぶだけでは現場は動かない。文書化された初動が必要な気がしています。
文献メモ
- 文献名
FOCA UAS GM ERP Emergency Response Plan - 種別
当局ガイダンス。UAS向けERPの作り方 - 該当箇所
Emergency equipment と Emergency actions の例示部分
事例4 タイ CAAT のBVLOS申請ガイドは
装備と訓練をセットで文書要求
次は視点が変わります。これは運航マニュアルそのものではなく、BVLOSの申請に関わるガイドです。CAATはタイの航空当局で、UAS Portalを通じてBVLOSなどの運用ガイダンスを公開しています。
この文書は、BVLOSを申請する際に提出すべき支援文書を整理したものです。運航側が何を準備し、何を文書で示すべきかが、項目として並びます。この文書の強みは、応急対応を装備だけで終わらせない設計にあります。ERPに含めるべき項目として、緊急装備だけでなく、その装備を扱える訓練済み人員や、医療支援に関する情報まで要求する形になっています。
文献メモ
- 文献名
CAAT-GM-UAS-PDRA101 rev00 21-May-2025 - 種別
当局ガイダンス。BVLOSをPDRAで申請する際のSupporting Documents作成ガイド - 該当箇所
目次の Supporting Documents、Appendix の Training と ERP
事例5 民間側も口にし始めた。
「ドローン運航者に応急手当が必要だ」と
当局文書だけではありません。民間の事業者が、ドローン運航者に応急手当が必要だとコーポレートブログで書き始めています。
Buzz Dronesのこの記事は、ドローン運航者が置かれやすい状況として、単独作業や遠隔地での運用を挙げています。その上で、車両に医療キットを常備し、基本的な応急手当トレーニングを維持するべきだ、と書いています。
内容はかなり具体的です。たとえば医療キットについては、どこに置くべきか、点検をどう回すべきか、現場で誰が分かる状態にしておくべきか、まで触れています。さらに、推奨する中身として止血帯、外傷用包帯、手袋、熱傷用の資材、CPR用のフェイスシールドなどを例示しています。
トレーニングについても、First Aid at WorkやEmergency First Aid at Work(いずれも英国で一般的に使われている職場向けの応急手当資格コース)などを挙げ、受講と定期的な更新を勧めています。
文献メモ
- 文献名
Buzz Drones Why first aid is essential for drone operators - 種別
事業者記事。現場向け啓発 - 該当箇所
全文
事例6 講習として成立している。
ドローン運航者向け応急手当コースの存在
海外では、ドローン運航者を対象にした応急手当が、講習として既に商品化されています。
英国のWorld Class Trainingは、Drone Operator First Aid Courseとして、ドローン運航の現場で起きる軽微な負傷や事故対応を想定したオンライン講習を公開しています。所要は3〜4時間、修了時にデジタル修了証が出る形です。
内容は、現場安全確認、CPR、熱傷や創傷、頭部外傷といった基本に加えて、LiPoバッテリーのトラブルも含まれています。つまり、一般論ではなくドローン運航の実態に沿った構成です。(一方で同ページには、このオンライン講習は応急手当の気づきを与えるものであり、実技を伴う対面の講習の代替ではない、と明記されています。)
文献メモ
- 文献名
World Class Training Drone Operator First Aid Course - 種別
教育サービスの公開ページ。講座の存在証明 - 該当箇所
コース概要の冒頭と対象者の説明
日本のドローン産業界へ。
海外が動いた今、次に問われるのは運航の中身です
言いたいことは、もう十分伝わったはずです。応急手当は、海外では「あると良い」レベルの話ではなく、緊急対応の設計にしっかりと入ってきています。文書の中に入り始めた時点で、もう後戻り・省略・割愛はないと思われます。
では日本はどうか。
もし今も、応急手当を個人の善意に預けたまま大型機を飛ばしているなら、リスクの高い案件に携わっているなら、「必要なのは分かるけど忙して・・・」と逃げているなら、「ドローンなんか落ちないよ」と仰っているのなら、それは運航体制として全くよい状況とは言えません。
この領域で7年近く、ドローン産業界・ドローンの現場での応急手当スキルとキットの大切さを訴えてきました。煙たがたれたりしたこともありましたが、世界の流れは私たちの目指した方向へと進み出しています。どうか、この記事を最後まで読んでくださったうちの一人でも多くが、行動に移していただけることを願っております。みんなで頑張って育ててきたこの業界、安全を矜持して確実に一緒に伸ばしていこうよ!

戸出 智祐(株式会社ダイヤサービス 代表/“ドローン安全ヘンタイ”)
ドローン運航安全の分野で10年以上の経験を持つ、安全管理・教育の専門家。全国の自治体や企業など10社以上に対して、航空業界レベルの安全運航体制づくりや研修、コンサルティングを行ってきました。
操縦技量だけでなく、チームや組織の“ノンテクニカルスキル”を重視し、現場で本当に役立つ安全文化を普及することに情熱を注いでいます。自ら現場で危険な経験をしたことが原点で、「誰もが安心して働ける現場」を本気で目指して活動中。
千葉市花見川区を拠点に、現場目線でリアルな課題解決にこだわり続けています。無類の車好き。ブログでは、同じ現場型の読者の方と想いを共有できればと考えています。