事故の概要
運輸安全委員会の航空事故調査報告書(AA2026-1-1-JU323659D902)によれば、2024年6月21日5時38分頃、福島県南相馬市において、除草剤散布作業中の大型農薬散布ドローン(イームズロボティクス製 UAV-E6150FA、最大離陸重量28.5kg)が着陸後に意図せず横移動し、回転中のプロペラが補助者に接触して重傷を負わせた事故が発生しました。お怪我をされた方の早期回復をまずはお祈り申し上げます。
操縦者が着陸後にモーターを停止させようとした際、意図に反してプロペラ回転数が再上昇し、機体が左方向に傾斜して地面を滑りながら移動したことが原因です。事故は飛行中だけでなく、着陸後でもプロペラの回転が残っている間は重大な危険があることを示しています。
「開放骨折」と「神経断裂」の意味すること
報告書に記載された傷病名は、私たちが一般に想像する「怪我」のレベルを遥超えていました。
重傷:1名
右手示指・中指・環指及び小指開放骨折、並びに左尺骨神経断裂
「開放骨折」とは、骨折に加えて皮膚が裂け、骨折部が外とつながっている状態を指します。骨が見えていなくても、深いところまで損傷していることがあります。
さらに深刻なのが「尺骨神経断裂」です。手の感覚や細やかな動きを司る神経が切断されるということは、手術で繋ぎ合わせたとしても、以前のような手の機能が戻る保証まではありません。痺れ、痛み、握力の低下。指先の感覚が失われれば、ボタンを留める、小銭をつまむといった日常の些細な動作すら困難になることもあります。
プライバシー保護の観点から、報告書にはその後の経過は書かれませんが、被害に遭われた方の生活と仕事には、長く苦しい影響が残ることが予想されます。これが、大型回転翼機と接触するということの現実です。
事故予防が最優先、しかし「それでも起きたとき」の備えも必要
まず明確にしておくべきことがあります。今回の事故で負った重傷は、止血対応の有無で軽減できるレベルのものではありません。開放骨折と神経断裂という外傷は、プロペラが深く接触した時点で確定しています。
最優先すべきは、言うまでもなく「事故を起こさないこと」です。適切な操作手順の徹底、モード切替の確認、十分な離隔距離の確保・・・、これらの予防策こそが何よりも重要です。
しかし、それでもなお、事故をゼロにすることはできません。
人はミスをします。機械は故障します。想定外の状況は必ず起こります。だからこそ、「万が一、重大な負傷事故が起きてしまったとき」の初動対応まで備えておく必要があるのです。
119番通報の後の「空白の時間」をどう埋めるか
さて、このレベルの外傷を目の当たりにしたとき、現場では何をすべきでしょうか。
日本の救急車が現場に到着するまでの平均時間は約9〜10分と言われています。仮に動脈性の出血であれば、数分で命に関わる血液量が失われます。つまり、救急隊を待っているだけの時間は、文字通り「命が失われていく時間」になりかねません。動脈性出血でなかったとしても、救急隊の到着までの間に状態が悪化する可能性があります。
洗浄や消毒は後回しでいい
現場で善意からやりがちなのが、「傷口を洗う」「消毒する」という行為ですが、このような大怪我の場合、それは最優先事項ではありません。最優先は「出血のコントロール(止血)」です。
国土交通省の報告要領でも、応急救護処置として「止血等を講じる」ことが求められていますが、具体的な手順を訓練していなければ、パニックの中で適切な行動をとることは不可能です。
現場で守るべき「命のプロトコル」
- 二次被害の防止:まず機体を確実に停止させ、安全を確保する。
- 直接圧迫止血:清潔なガーゼやハンカチで、出血点を「強く、絶え間なく」圧迫し続ける。血が滲んできても決して布を剥がさず、上から新しい布を重ねて圧迫を維持する。
- 動かさない:骨折がある場合、不用意に動かすと骨片で神経や血管をさらに傷つける恐れがある。
- 保温と観察:大量出血はショック状態を招くため、毛布などで保温し、顔色や呼吸を観察し続ける。
「運航」だけの課題にしてはいけない
今回の事故報告書を読み解くと、操縦者の技量やモード切替のミスといった運用面だけでなく、業界全体で向き合うべき構造的な課題が見えてきます。
それは、「導入時の教育プロセスに、怪我をした際の対応が含まれていない」という点です。
大型ドローンの販売や講習において、操縦技術や航空法の解説には多くの時間が割かれます。しかし、「もしプロペラで腕を切ったら、どうやって止血するか」を教えている現場はどれほどあるでしょうか。回転体を普及させる立場として、事故直後の「止血」という初動対応をセットで伝達することは、もはや倫理的な責任と言ってもおかしくはないのではないでしょうか。
これは誰かを責める話ではありません。産業用ドローンの社会実装が進む今だからこそ、安全の標準(スタンダード)を一段階引き上げる必要があるという話です。
産業界への4つの提言
悲惨な事故を教訓に変えるために、明日からできる具体的なアクションプランを提案します。
- 導入説明に「初動救護」を必須化する
「119番通報」「直接圧迫」「洗わず固定」の3点を伝えるだけでも、現場の対応力は劇的に変わります。- 止血用資器材を機体とセットで提示する
ヘルメットや手袋と同様に、止血パッド・ガーゼや止血帯(ターニケット)などの救急セットを標準装備として推奨すべきです。- 指導者のスキルセットをアップデートする
インストラクター自身が、正しい止血法を「動作」として理解している必要があります。- 「忘れる前提」で反復の仕組みを作る
人間はパニックになれば頭が真っ白になります。半年に一度、10分間だけでも応急手当の動画を見直す等のリマインドの仕組みが有効です。
おわりに
報告書にある「重傷」の二文字の背後には、突然日常を奪われた一人の人間の痛みと、その回復を願う家族の生活があります。
繰り返しになりますが、最優先は事故を起こさないことです。適切な訓練、確実な手順の遵守、十分な安全距離の確保・・・、これらの予防策に勝る対策はありません。
しかし、それでもなお事故をゼロにすることは不可能です。機械である以上、故障も誤操作も起こり得ます。だからこそ、「万が一起きてしまったとき」に命を守るための初動対応まで、運用の一部として組み込んでおく必要があるのです。
止血方法を学ぶこと、救急セットを現場に携行することは、決して過剰な反応ではありません。それは、共に働く仲間を守り、ドローンという産業を社会に受け入れてもらうための、最低限のマナーであり、責任ある運用の一部です。
予防に全力を尽くす。それでも起きたときの備えも怠らない。
止血は善意で行うものではなく、運用に組み込まれるべきシステムです。どうか、あなたの現場にもその備えを。

戸出 智祐(代表取締役 / ドローン安全管理コンサルタント)
ノンテクニカルスキル講習(CRM、チームビルディング、 日本初のドローン応急手当講習)を提供。米国FAAのSMS義務化に先行したノウハウで、 1,000時間超の運航経験(失敗含む)からSMSを構築。 2023年より3年連続で安全報告書を自主公開している、日本唯一の現場安全管理・リスクマネジメント実践者です。 このブログでは、教科書に載っていない 現場の実践知と失敗から学んだ教訓を共有します。
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